そして世話好き。 だからこんなことになったのかもしれない。 それともこれが、誰もが夢見る運命の出逢いってやつなんだろうか。 そこのところ、どんなに深く考えても分からない。 |
「いるかぁ〜、オレのチューハイまだぁ?」 「待ってろって!今頼んだばかりだろう!?」 「う〜・・・といれぇ・・・。」 「うわ!ここはトイレじゃない!!こっちだ!」 お人好しで世話焼きのイルカは、飲み会の席でいつも同僚達の世話を焼く。自他とも認めるその性格は、中忍ならば殆んどの者が知っている。だからイルカがこんな風に働いていても、誰も遠慮なんてせず甘えるのが常だ。 しかし今回の飲み会は、いつもと違っていた。 「ハッハッハ!!どうした〜、みんなちゃんと飲んでるか――!?」 「濃い顔近づけるんじゃないわよ!」 この大宴会場の上座の席には、上忍たちが飲んでいるのだ。そう、今回の飲み会は「上・中忍、今までよりもっと仲良くなろうぜ!会」なのだ。ちなみにこのふざけたネーミングを誰が考えたかは謎だ。 「仲良くなろうぜ!会」なのだから、もちろん無礼講上等で上中関係なく杯を酌み交わす予定だったが、もちろんそうはいかない。悲しいかな、やはり中忍は上忍が恐れ多くて話しかけることも出来ないし、近寄る事さえ出来ない。だから上座と下座には見えない大きな溝だ出来ているのだった。 しかし階級制度に気を使っている中忍なんてお構い無しに、上忍たちは大いに盛り上がっている。特にマイト・ガイ上忍。いろんな意味で、場を盛り上げている。顔を近づけた紅には平手打ちを喰らっていたが。 そんなまるきりこちらを気にしていない上忍を見て、やっと気を抜いたのか中忍たちも酒に手を出し始めた。会が始まって一時間。ようやく飲み会らしい雰囲気になってきたのだった。 だから当然のようにイルカは同僚達の世話を焼き始め、同僚たちもイルカに甘えて飲んでいる。 「イルカ〜!お前も飲め飲め!!」 「えっ、わっ!」 イルカはいつも通り他人の世話を焼いて、自分はロクに飲まず終わるのだろうと思っていた。そんな時、上座から声が掛かる。無駄にキラキラ輝く声の持ち主は、ガイだ。ガイは下座で酔い潰れた同僚を介抱しているイルカを引っ張り上げ、上座まで連れて行ってしまった。そうして日本酒がなみなみと注がれているグラスを半ば無理矢理渡す。 「ガイ先生、でも、あの・・・。」 「イルカ、一人だけ飲まないのはよくないぞ!酔い潰れるのも青春だからな!」 どういう理屈だ。 イルカはそう思ったが、上忍の彼に逆らい辛くとりあえず最初の一杯を飲み干した。ぐっと勢いをつけて飲むと、次はアスマから酒を注がれる。 「ア・アスマさん・・・!」 「いい飲みっぷりじゃねぇか。オラ、もう一杯。」 見事に上座と下座の境目に連れて来られたイルカは、否応無しに上忍たちの相手をさせられ始めた。もちろん下座の中忍たちは見て見ぬふり。イルカには悪いが、犠牲になってもらおうという思いなのだ。本音を言うと、あぁこれで気兼ね無しに飲める。というもの。 上忍師の彼らと現教え子の元担任であるイルカとは、浅い仲ではなかった。ガイ、アスマ、紅の三人は上忍だけれどそんな風は吹かさず、中忍のイルカを差別したりしない。 「カカシ、お前もイルカに注いでやれよ。」 びくりとイルカの身体は緊張で硬くなった。酒を注がれる勢いで気が付かなかったが、自分の隣にはひょろりとした何処か眠たげな男が酒を飲んでいた。ちびちびと嘗める程度に飲むその姿からは、エリート上忍という雰囲気は一切ない。 はたけカカシ。 イルカは彼が苦手だった。 「あーうん。どぉぞ、イルカ先生。」 「あっ、す・すいません。」 カカシは面倒臭そうにビール瓶を傾げ、先ほどまで日本酒が入っていたイルカのグラスにビールを注いでいく。恐縮そうにグラスを差し出したイルカを彼はじっと見ていた。イルカは居心地が悪く、眼を合わせられない。 イルカは何故彼が苦手なのか、よく分からなかった。贔屓と言われても仕方がないが、一番気に掛かっているナルトやサスケの担任になったカカシ。初めて会った時は苦手な印象などなかった。気さくで優しい人だと思った。この人なら、ナルトやサスケを差別せず忍の道を教えていってくれると思った。 しかし、そう。 この視線が・・・。 何度かナルトを通して会うことがあった。初めは気にしなかったが、いつからかカカシの自分を見る視線が気になりだした。なんというか、人の内を見透かすような・・・じっとりと粘つくような視線なのだ。好意からくるものだとは思えない。 オレ、この人から嫌われるような事したっけ・・・? 現に今もその眼で見られている。イルカはしゅわしゅわとはじけるビールの泡を見ながら、どくどくと嫌な音で鳴り続ける自分の心臓の音を聞いた。 「いただきます!」 「お〜、見事ですねぇ。」 それを振り切るように一気にグラスを煽り、苦い思いとともに飲み干す。口の端から零れてしまったビールを手の甲で拭い、礼儀なのでとカカシに返杯をした。 「あら、イルカ先生ってイケル口なのね。」 「あ、いやそうでも・・・。」 紅が嬉しそうに言ってくる。「じゃあ、今夜は飲み比べよ!」と嬉しそうだ。イルカは「無理です!」とすぐに辞退しようとしたが、聞いていないみたいだ。彼女と飲み比べなんてしたら死んでしまう。イルカが困っていると、ふふと小さく笑い声が聞えた。 「・・・。」 見ると、カカシが笑っていた。イルカは驚いた。彼の笑顔はあの嫌な視線など微塵にも感じられるものでなく、穏やかなものだったからだ。まるで初めて会ったときに感じた、暖かな笑顔。 「嬉しいです。イルカ先生と飲めるなんて。」 「え・・・?」 チビと、カカシはほんの少しイルカから注がれたビールを飲んだ。その光景は騒がしい居酒屋の店内という事を忘れさせるような涼やかなもので、イルカはつい見惚れてしまった。 「オレねぇ、イルカ先生のこともっと知りたかったんで。」 そう言って、カカシはまた嬉しそうに笑った。 「・・・カカシ先生・・・。」 イルカはそんなカカシを見て、なんだじゃあ今までの視線は勘違いだったのかと思えた。 そうして酔いも手伝ったからか、イルカのカカシへの警戒心は、見事にゼロになってしまった。
「ん・水・・・。」 喉がカラカラで、苦しい。 イルカはそう思い、無意識に手を伸ばした。もちろんそんなことしたからといって、水が沸いて出てくるわけではない。伸ばした先で触れた感触は・・・布団? 軽くてふわふわした感触。そうそう、昨日干したからな。 ごろりと寝返りを打ってみると、馴染んだシーツの感触もした。どうやら自分は、自宅のベッドで横になっているようだ。 あれ・・・?いつ帰ったんだっけ・・・? 「口、開けて。」 「ん・・・?」 ぼそりと耳元で囁かれた声に従い、イルカは少し唇を開く。ぴたりと自分の唇に何かが張り付く。そう感じた後、欲しくて堪らなかった液体が喉を潤し始めた。 少し生温くなっているが、充分美味しい。 水・・・だ。 んくんくと、小さい子供のように与えられた水をイルカは懸命に飲み込む。飲んでいる間に前髪を梳かれ、心地良いまどろみも連れてきた。 「もっと?」 「ふ・も、っと・・・。」 聞かれて素直に答えれば、満足するまで与えてくれた。このときのイルカは、自分がどんな風に水を飲ませてもらったのかなど、一切考える余裕はなかった。それよりもこのまどろみに浸かっていたいと思う。 「酒、あんまり強くないんですねぇー。」 くすくすと小さな笑い声が部屋に響いた。 ・・・えっと、この声は・・・。 「先生・・・。可愛い・・・。」 そう、今日一緒に飲んだ――・・・。 「ふふ、やっとオレのモンにできるんだぁね。」 カカシ先生・・・。 やっと認識できたイルカは、眠りに惹かれながらも瞼を上げた。ぼやけていた視界がクリアになっていき、目の前に迫る人物の顔がはっきり見えた。 銀の髪に隠れがちな、蒼と紅の瞳。 痛々しげに縦に走る傷痕。 するりと高い鼻梁に、薄く形良い唇。 額宛も口布もされていない、カカシの素顔。 イルカはキレイだなと単純に思った。そのキレイな顔がさらに近付く。 「ん・・・。」 あれ?キス・・・? 熱く柔らかな感触が自分の唇にあたっている。イルカはぼんやりとその感触を感じていた。酔いが回っている頭は上手く働いてくれない。 「んっあ・・・ふっ。」 遠慮無しに侵入してくる舌先。口内を思う様嬲られて、イルカは息苦しさと快感に身悶え始める。しかし相手はそんなイルカに容赦なく、もっとというようにシーツと腰の間に手を差し込みぐっと引き寄せた。 「んん・ぅん・・・ぁ・・・っ。」 巧みに動く舌がイルカの思考を奪っていく。経験が少ないイルカにすら、その口付けが長けている事が分かった。徐々に抜けていく身体の力。イルカはもうどうでもいいやと、相手に全身を預けてしまう。 「あっ・はっ、ぁ・・・っ。」 服を脱がすのも手馴れたもので、ベストもアンダーシャツもするすると脱がされては、ベッドの下へと落とされていった。下着ごとズボンも取られ丸裸になったイルカは、流石に抵抗めいた事をしたが相手に何の影響も与えなかったらしい。 「イルカ先生。」 「ヵ・カシ、先生・・・。」 呼ばれて答えると、彼は小さく笑ったようだ。 「あっ・あっ・・・や・だ・・・っつ!」 全身くまなく触れられ、嘗められ、イルカの身体は快感に打ちひしがれる。他人に決して触れさせたことがなかった場所に、彼の舌の熱さを感じてイルカはぎょっとしたが、痺れた身体では逃げる事も出来ない。 「やめてくださ・・・!そんなとこ・・・!!」 「ダーメ。ちゃんと慣らさないと、辛いのは先生ですよ?」 ぴちゃぴちゃという濡れた音が、下肢から聞えてくる。ぬくりと指先が体内をかき回し、続いて信じられないくらいの熱がイルカを襲った。 「ひ・ぃ・・・っ!」 「はっ・イルカ・・・っ。」 「あっつ・ぁあ・・・っつ!!」 その痛みと熱から逃れようと、我武者羅に腕を振りあがる。しかしイルカはそれすらも封じてしまう力で、抱き止められた。ぎゅっと隙間がなくなるくらい抱き締められ、痛みも不安も何もかも奪われる。 「カカシ、せんせぇ・・・!」 「イルカ・・・嬉しい・・・。」 奪われて、攫われて。 嵐が去り、それでも離れぬカカシを感じながらイルカはゆっくりと意識を手放した。
チュンチュンと陽気に啼き続ける雀の声に起こされたイルカは、散漫な動きでベッドヘッドにある目覚まし時計を手に取った。時刻はとうに10時を回っている。いつもの自分では考えられないが、休日の今日ぐらい構わないだろう。 「っ痛・・・!」 うつ伏せになって眠っていた身体を起こせば、全身がギシギシと悲鳴を上げた。特に下半身なんて、自分の身体とは思えないほど重くて動きが鈍い。 なんだ・・・これ・・・。 未だ寝惚けている脳では現状を把握する事が出来ず、イルカはただぼんやりと自分のカッコを見てみる。 裸・・・だ。パンツすら履いてねぇ・・・。 自分の姿を見て、ようやく心臓の動悸が激しくなってきた。しかも自分の腰に絡まっている腕がある。やっと気付いた。気付きたくなかったのか。 「カカシ・・・先生・・・?」 きれいに筋肉が付いている腕の持ち主は、昨夜共に飲んだはたけカカシのものだ。イルカはサッと顔色を変えた。 ゆ、夢じゃなかったのか・・・! どっくどっくと忙しなく動く心臓を抑えながら、とにかく服を着なくてはとベッドの下へと手を伸ばす。するとその手に武骨な指が絡んだ。 「おはよーございます。」 「っつ・・・!!」 カカシだ。 びくっと肩を揺らしたイルカに気付いていないのか、カカシは欠伸を噛み殺した声で挨拶し、彼を引き寄せる。出るはずだったベッドへ再び引き戻されたイルカは、身体を硬直させたままカカシの胸の中へ抱き込まれる。 「お・おはようございます。」 しどろもどろに答えるイルカ。しかしカカシはそんなイルカを気にもしない。へらりと笑って、軽くキスをする。イルカは固まったままだ。 「イルカ先生、オレ腹減りました。何か食べさせて〜。」 「え?はっ、はい!大したものありませんが・・・。」 何とか腕の中から抜け出して、慌てて服を身につける。カカシの視線をワザと無視して、イルカは台所へと逃げた。 ガパッと冷蔵庫のドアを開けて、中身を物色する。一人用の冷蔵庫は小さいため、イルカはしゃがんでいる。とりあえずあるものといったら、アジの開きと卵と漬物とー・・・。 「あ、茄子ですね。味噌汁にしてください。オレ、好きなんですよね〜。」 にゅっと背後から出てきた手は、野菜室にある茄子を掴んだ。イルカはぎょっとしたが振り返ることも出来ない。気配を消して来たのはワザとなのか、普段からそうなのか。イルカと同じようにカカシはしゃがみ込み、離れようとしない。再び固まっているイルカをどう思っているのか。 「ねぇ、イルカ先生。」 耳元で聞える声は、甘く艶めいている。 イルカはぴくりと肩を揺らした。 「アンタ、これからオレ以外のやつと酒飲むの禁止です。」 行き成り何を言うのかと思ったが、イルカは反論出来ずじっとしたままだ。カカシの視線が痛い。またあのねっとりとした、見透かすような視線で自分を見ている。 「あんな無防備になるなんて、危なっかしくていられないね。分かりましたか?オレ以外と飲むの禁止ね。」 「あと、これから勝手に仕事帰りどこかへ行ってもダメだからね。オレが迎えに来るまで、どんなに仕事が早く終わっても帰らないように。」 まぁ、オレが任務でいない時は仕方ないけーどね。なんて彼は無茶苦茶な事をスラスラと言ってのけた。何なんだとイルカは混乱し始めた。こんな子供みたいな独占欲丸出しの要求、何で自分は言われなくてはならないのか。 「あぁ、嬉しいです。ずっと見ていたかいがあった。――イルカ先生をオレのものに出来るなーんて、ね。」 ふふ、と昨夜と同じ笑いをカカシはする。イルカは小さく「嘘ぉ。」と呟いた。 見詰めていたって、あの居心地の悪い視線は好意の表れだったのか? もしかして、オレって既にカカシ先生と付き合ってることになっているのか? ギギギと、油が切れた玩具のようにぎこちない動きでイルカは振り返った。冷や汗と焦りを乗せた顔を向けると、カカシは少し驚いた顔をした。 「まさかイルカ先生、昨夜の事覚えてないなんて言わないよねぇ?」 あんまり覚えてません。 なんて口が裂けても言えない。 イルカはこれまたぎこちなく首を横に振る。言ったら殺される。そんな笑みをカカシは向けてきた。 「ふふ、イルカ先生大好きですよ。アンタは、オレの事だけ考えてればいいんです。」 どうしよう。 イルカは引き攣り笑いを返すしか出来なかった。 「あぁ、いい誕生日だねぇ。」 カカシは満面の笑みでイルカを抱き締めた。
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