それから甘えを含んだ声で「もっと。」と囁く。 だから彼が望むだけの口付けをおくる。 しかしオレが与えられるもの全て差し出したとしても、彼は同じ口調で「もっと。」と言うのだろう。 まだ足りない。 まだ足りないと。 甘えと狂気を含んだとろりとした声で。 もっと。 と。 |
じっと見詰める色違いの眼が何の感情も含んでいない事をイルカは恐怖を伴って見詰め返していた。 イルカは両手首を頭上で縛り上げられ、ベッドに転がされている。縄の縛り方は簡単で、縄抜けは容易い事だった。しかしそんなことをしたら最後。目の前の男からどんな仕打ちをされるか分かったものではない。イルカはじっとりと浮かんできた汗を拭う事も出来ずに、ただじっと男の行動を見守っていた。 自分を見下ろしている男の名は、はたけカカシ。 里一番の技師と呼ばれ、里外でも名を轟かせる忍だ。 「センセ。」 ぽつりとカカシが呼びかける。イルカはこくんと喉を鳴らした。カカシの眼に感情の光が宿り始めるが、どうにも穏やかなものではない。底から湧き上がるものは怒りだ。 「イルカ先生。」 つっ・・・とカカシがイルカの胸を人差し指でなぞる。服の上からなぞられ、イルカはぴくりと反応した。その僅かな反応にカカシは嬉しそうに微笑む。 「ふふ。先生、可愛いね。」 するりと音もなく取り出したクナイ。カカシは何の戸惑いもなくイルカの衣服に滑らせ、音を立てて切り裂き始めた。 「っつ・・・!!」 イルカは恐怖と驚きで目を見開く。ビィビィと無残な音を立て、目の前で今まで着ていたものがただのボロ布になっていく様を見る。カカシは笑顔を絶やさない。くすくすと小さく笑う始末だ。イルカは目を閉じる事も出来ない。 「イルカ先生、好き。」 クナイの切っ先が胸を走る。その冷たい感触にゾッと鳥肌をたて、イルカはつい目を閉じてしまった。ハッとしてももう遅い。カカシは先程までの笑顔を嘘のように引き剥がし、冷たい視線をイルカに突き刺した。 「カ・カシ・せ・・・っつ!」 「何目ぇ逸らしてんの?」 頭上で束ねた髪を力ずくで引っ張り上げられる。横たわった状態でそんなことをされたものだから、イルカの上半身は無理矢理起こされてしまい、息苦しい。 「ねぇ、どうしてオレが怒ってるか分かってますか?」 分からない。 イルカはそう叫んでしまいたかった。いつだってカカシの怒りは理不尽で、イルカを追い詰める。だから今、怒っている原因もイルカには分からない。 力を入れたクナイはイルカの皮膚を食い破る。 「い・たっ・!」 「あぁ、ごめんねぇ。」 心臓の真上に当てられていたクナイの切っ先が皮膚を破り、そこから熱い血が溢れた。鋭い切っ先は糸の様な赤い線を引くだけの浅い傷を作ったが、血は止まりにくい。カカシは微塵も悪いなんて思っていないくせに言葉だけで謝り、髪を掴む手を弛めてやる。 「ん・ぅう・・・!」 ぺろりと傷口を嘗められ、痛みを生み出す。びりっとした痛みにイルカは呻き、その様子にカカシは満足したようで、再び微笑み出した。 チロチロと傷口を這っていた舌が徐々に深いものになっていき、最終的にはまるで深い口付けをするかのように吸い付いてきた。美味しそうに血を啜るカカシ。うっすらと開いている瞳は恍惚に火照っているようだ。その様子はイルカを恐怖の底へと落とす。 「カカシ、先生・・・!やめ・・・っ!」 「イルカ先生はさ。」 涙が混じり始めたイルカの声は、いっそ潔いほど無かった事にされ、カカシは独り言のように呟いた。イルカの目から涙が溢れる。その嗚咽さえもカカシには届かない。 「イルカ先生は、どうしてオレ以外と話すんだろう。」 「な・にを・・・。」 カカシは唇をイルカの血で染めたまま、顔を上げた。ゆっくりと身体を起こし、体勢を整え、覆いかぶさる。正面から顔を覗き込まれ、その表情を見せてくれたが、イルカの心は休まらなかった。 「イルカ先生はオレの事好きなはずなのに、どうしてオレ以外のこと考えるんだろう。」 何を言っているんだろう。 イルカは恐怖に支配され始めた思考で懸命に考える。「オレ以外と話す」とはどういうことだろう。同僚と話をした事?生徒と話をしたこと?仕事の話じゃないですか。生徒の質問に答えただけじゃないですか。 涙は止まらない。 カカシは当然のように言う。 何言ってるの。「オレ以外。」は「オレ」以外だよ。と。 「・・・あなたのことも、考えているに決まっているでしょう。」 「違うでしょ。オレの事『も』じゃなくて、オレの事以外考えているからダメなんじゃない。」 カカシはそう言うと、イルカを傷付けたクナイを己の腕に押し当てた。なんの躊躇いも無く切っ先を引き、腕を裂く。イルカの傷とは比べ物にならないくらいの傷口からは、ボタボタと血が滝のように流れ彼に降り注ぐ。イルカは眩暈がした。 カカシの血はイルカの傷口に注ぎ、彼の血と交じり合う。 カカシはうっとりとその交じり合い流れる様を見詰めた。 「あぁ・・・オレとイルカ先生が混ざり合ってるよ。」 肘から伝っている血をイルカの口元に持っていく。イルカは驚きで一度止まった涙を再び流し始めた。カカシはにこりと笑った。 「飲んで。」 「・・・ぅ・ふっ・・・。」 熱く錆臭い液体が喉を通る。嘔吐感を精一杯押さえ、必死に血を飲み込む。異常な行動を強いる男に、それでもイルカは嫌悪を覚えることは出来なかった。 「いい子。」 口の周りを血で汚したイルカを舌で清めていく。イルカの涙と自分の血液が交じった液体をカカシは喜んで嚥下した。そんなカカシを見ながら、イルカは震える声を途切れながらもカカシに伝える。 「カ・カシ先生・・・。あな、たの・・・怪我の・手当てを、させて・・・くださ、い。」 カカシの傷は深い。現に今も血が流れ落ちている。止まらないのではないか。イルカは必死になった。 「大丈夫。死にはしません。」 「い、やですっ・・・!」 「・・・じゃあ、オレに全部くれますか?」 その言葉にイルカは目を見開いた。絶望感がこの身を駆け回る。 「全部っ!全部あなたにあげている!!何もかも!オレの何もかもを!!」 「足りない。」 スパリとカカシはイルカを斬った。 イルカの唇が震える。もう何も言えなくなった。 「まだ全部じゃない。だってイルカ先生、オレ以外を想うもの。」 「ねぇ、オレにください。」 「アナタの何もかもを。その身に流れる血さえもオレのものでしょう?」 カカシはゆっくりとイルカに口付ける。 イルカは目を閉じる事も出来ない。 「もっと・・・。」 口付けは甘くない。 冷えた血の味がする。 「もっともっともっと。」 恐怖に固まっているイルカのカオを見て、カカシは苦笑した。 「どうしたら、アナタはオレになるのかなぁ。」 その言葉はイルカに届く事は無かった。
お粗末さまでした。m(_)m |
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