その一本の電話から、全てが始まった。 土砂降りの雨の日だった。 |
炎 1 |
ざぁざぁと激しい音が耳を打つ。バケツをひっくり返したような雨をイルカは自宅の窓から見ていた。時刻は20時を回ったところで、街灯に照らされて見える雨粒は大きい。外を歩いている人の傘は役になんてたっていなく、皆小走りになっていた。 今からこれじゃあ、明日は大変な事になりそうだな。 イルカは苦笑交じりで溜息を吐いた。明日、大型で強い台風が木の葉の里に上陸する。今年最大の台風で、強い風と豪雨が特徴らしい。テレビもラジオもしきりに台風情報を流している。上陸予定は明日の朝方なのだが、もう影響が強く出ているらしく雨が酷い。あまり立て付けのよくない部屋は、すでにぎしぎしと嫌な音を立てていた。 りーん。 「おっ、早いな。」 イルカは黒電話の軽やかな音を聞き、窓辺から離れる。すぐさま受話器を取り、「はい。うみのです。」と軽い調子で答えた。相手が誰だか分かっているから出る調子だ。 「よぉし、連絡網はちゃんと回ったようだな。ご苦労さん。明日が休みだからって、遊びになんて出るなよ?台風で吹っ飛ばされても、先生助けに行けないからなー。」 この台風の影響で、明日のアカデミーが臨時休校になったのだ。イルカは受け持ち生徒の家へと連絡網を回し、今全員に連絡が行き渡ったと報告の電話を受けた。生徒と一しきり和やかに話をし電話を切ると、再び雨音が部屋を満たした。 雨は嫌いだ。 嫌な事を思い出す。 イルカは無意識に唇を噛んだ。 リーン! 「うわ!」 雨に取り込まれそうになった意識を引き戻され、イルカは思わず声を上げた。黒電話の音は思ったより大きく、こういう時は驚かされる。イルカは誰だろうと思いながら受話器を取った。 生徒からの質問の電話だろうか。 「はい。うみのです。」 『オレはアンタの秘密を知っている。』 どくん! 衝撃に心臓が悲鳴を上げた。 相手は名乗りもせず、行き成りイルカの心臓を打ち抜いた。受話器を握る手が勝手に震えだし、一気に冷や汗が噴出す。脳が混乱し、上手く思考が働かなくなっていく。 何を言った?今、この人は何を言った?秘密?秘密って言わなかったか?秘密って、まさか。まさか!いや、あのことは誰にも知られていないはず。大丈夫だ。でももしかしたら。ちょっと待て、どういうことだ。今、この人は何を言った。秘密って・・・嘘だ。嘘だ。嫌だ嫌だ・・・!!嘘だ!! 「・・・あ・相手を間違えてませんか・・・?」 『いいや、間違えてねぇよ。』 「秘密って、何のことだか私には――・・・。」 『言って欲しいか?』 ごくり。 イルカは溢れてきた唾液を飲み込み、受話器を見詰めた。相手の声は機械を使って変えられており、本来の声は分からない。かろうじて分かるのは男という事だろう。その変に高い声色が余計不気味さを出していて、イルカに恐怖を与える。 「私には秘密なんて――・・・。」 『中忍昇格。雨の日。慰霊碑前。』 「・・・ヒッツ・・・!!」 機械の声は愉快そうにキーワードを言ったが、それはイルカを地獄へ突き落とした。悲鳴を上げ、イルカはその場にへたり込む。ガタガタと身体は大袈裟なくらいに震えだし、歯の根が合わない。 『まだ分かんねぇか?』 「ぁ・あ・・・っ。」 くくくと、声の主は笑ってる。イルカが恐怖に慄きまともに言葉すら言えないことを楽しんでいる。 『あの日は小雨が降っていたよなぁ。アンタは嬉しそうに慰霊碑の前に来て、中忍昇格を両親に報告してた。そこに――・・・。』 「止めてくれ!!」 それ以上聞きたくなくて、イルカは叫んだ。肩で呼吸するほど大声を張り上げて言うと、流石に相手は驚いたらしくそれ以上何も言わなかった。代わりにイルカに負けないくらいの声で笑い出したが。 『イイ!いいねぇ!!そういった剥き出しの感情を叫んでるアンタの方がいいよ!』 「ハッ・ハァ・・・ッツ!!」 『いっつも澄ました顔しやがって。ぶっ壊したくなる。』 「――・・・お前、誰なんだ・・・。」 直感で感じる。この声の主はイルカが知っている人物だ。しかしこんな薄汚い言葉を口にする人物が自分の周りにいただろうか。イルカは信じられない物を見るように、受話器を見る。 『教えるわけねぇだろうが。』 「あ、あの時の・・・?」 『さぁなぁ・・・?』 ククク。 嫌な笑い声だ。 「何で、今頃・・・っつ・・・!」 やっと落ち着けたのに。 周りにも気づかれないと確信できたのに。過去の出来事に出来たのに。どうして、なんで、今頃になって蒸し返す。 『汚したくなったからさ。』 ことんと男は答えた。 軽い調子で。当たり前の事だと言うように。 『あの時のように、泥まみれで血塗れのアンタをみたくなったんだよ。』 誰か。 イルカはそう思ったが、助けなんてこないことなんてとっくに分かっている。しかし何かに縋りたくて堪らなかった。男はまた嫌な声で笑う。 「な・何が目的なんだ・・・っ。」 『だから言ってんだろ?汚してぇんだよ。』 「意味が分からな・・・っつ!」 もう何が何だか分からなくて、イルカは受話器を握っていない右手で顔を覆った。泣いてしまいそうだ。 『とりあえず、下脱げよ。』 「・・・は?」 『下脱いで、てめぇのブツさらけ出せって言ってんだよ!』 何を言っているんだ、こいつは。 イルカは恐怖も怒りも通り越して、一瞬呆れてしまった。しかし相手は電話越しにいるのだ。自分が本当に言う事を聞いているかなんて確認が取れないだろう。 『言っとくけどなぁ。言う事聞いてるかどうか確認できないとか思ってんじゃねぇぞ?』 「・・・まさか・・・。」 イルカの声に緊張が走る。冷静になってみれば、容易に考え付いた事だ。相手は自宅の電話番号も知っているのだ。住所だって知っているだろう。イルカの自宅にはトラップなど仕掛けていない。同僚や生徒が遊びに来る事があるからだ。 盗撮してる・・・? どくどくと心臓が戦慄き、冷や汗が大量に出てきた。男は何も言わない。盗撮しているのか、盗聴しているのか、こうなったらハッキリして欲しい。 『安心しな、盗撮の類はしてねぇよ。』 その一言で、イルカは安堵の吐息を吐く。本当か嘘か分からないし信用できないが、今は信じるしかない。 『今は、な。』 しかし男のからかいを含む一言に、再び緊張させられた。今はとはどういうことだ。いつかはやるということか。それとも、いつでもカメラを設置できるという脅しなのか。 『もし少しでもオレが言う事を聞いてねぇと思ったら、速攻バラしてやるからな。・・・ちゃんと言う事聞いといたほうがいいと思うぜぇ?』 「・・・脱げばいいんだな・・・?」 男は心底楽しんでいるようだ。しかし隙を与えない。こちらが逃げようと画策すると、すぐさま先手を打って逃げ道を塞いでくる。緊張も手伝って、イルカは打開案が何も浮かばない。 震える手付きでズボンに手をかけ、一気に降ろした。言われたとおり下着ごと降ろし、素肌をさらけ出す。気温は低いわけでなく寒さは感じないのに、イルカはぶるりと一度身震いをした。 『壁を背凭れにして座りな。脚は閉じるんじゃねぇぞ?』 ぐっと唇を噛む。ずずずと音を立てながら畳の上に直に座る。剥き出しの下半身を見ていられなくて、イルカは目を瞑った。男はイルカが言う事を聞いたと確信したらしく、特に何も言わなかった。 『勃ってるか?』 「っつ!!そんな訳あるか・・・!!」 下卑た言葉を言われ、怒りに顔を歪ませる。男はイルカの反応を楽しんでいて、怒鳴ると笑った。もっと怒れとまで言う。 『あれ以来潔癖になったからって、オナニーぐらいはすんだろ?』 「あれ」を指す出来事を思い出し、蔑む言葉を言われたのに今度は怒る事も出来なかった。男は返事を急かしてくる。 『ほら、答えろよ。自分で弄った事ぐらいあんだろうが。』 「・・・。オレをいくつだと思っているんだ。」 直接答えることが出来なくて、イルカは何とか濁して答える。男は「ふん。」と鼻で笑ったが、肯定の意味を汲み取ったらしい。 『んじゃ、イルカ先生のオナニーショーでも聞かせてもうおうか。』 ゴウゴウと風は唸りながら吹き続け、雨が窓を叩いていく。激しい音で点けていたテレビのニュースも聞き取りにくいのに、男の声だけはやけにハッキリ聞えてくる。 嵐は止みそうに無い。
相変わらずアホっぽい展開ですみません。 |
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