炎 2



「な、何だって?」

受話器越しから聞えてきた言葉が信じられなくて、イルカは男に聞き返した。男は「だからぁー。」と馬鹿にしたように間延びした声で答えてくる。イルカは目の前が真っ暗になっていくのを感じた。

『一人でしてるところ聞かせろつってんだよ。分かる?』

「っつ・・・!変態野郎・・・!」

『そぉそぉ。オレって変態だからぁ。』

ゲラゲラと男は笑った。当然言う事を聞かなければ、イルカの秘密をばらすと脅してくる。イルカは屈辱に震えた。

しかしいくら脅されたからって、そんなこと「はい。分かりました。」と出来るわけが無い。第一、身体がそんな状態ではないし、この様な状況で簡単に欲情を引き出せるわけが無い。

どうしようとイルカは焦った。

ばらされることだけは避けたいのに・・・!

『なぁ、AV持ってるだろ?』

身動きできなくなっているイルカに、男はまた不可解な事を言い出した。秘密を持っているからといって、イルカも成人男性だ。あの出来事が原因で性欲が少なくなったと言っても、どうしようもない時もある。イルカは羞恥に頬を染め、ぼそりと返事をした。

「・・・だから、オレをいくつだと思っているんだ・・・。」

『何本持ってんだよ。』

「っつ・・・!」

『答えろ。』

「・・・さ、三本・・・。」

『少ねぇ!!さすがイルカ先生!!』

男にからかわれて、イルカは悔しさでぎゅっと拳を握った。馬鹿正直に答えた自分が嫌になる。下半身を晒してこんな会話をしているだなんて、情けなくてしかたない。

少しずつ壊れていく日常に、イルカはぞくりと震えた。

『どれでもいいから、一本流せよ。音はなるべく大きくしな。安心しろ、この嵐で隣にゃ聞こえねぇって。』

楽しそうに笑いながら男は言った。イルカは一度受話器を置き、押入れへと向かう。押入れの一番奥に、ビデオを隠してあるのだ。ベタだが他に隠しようが無く、イルカは屈辱に耐えながら奥から取り出したビデオを手に取った。

悔しい。しかし逆らえない。

震える手付きで、言われたとおりビデオデッキにテープを入れる。青画面の後、パッと明るくなり本編が始まる。

『もっと音大きくしろよ。』

「・・・。」

眉間に皺を寄せながら、イルカは音量を上げた。窓は雨でガタガタ鳴っているし、強風で時折部屋が揺れることさえある。隣から物音が一切しないから、留守なのかもしれない。そのことにイルカは安心した。こんなビデオを観ていることを知られたら、もう隣近所と顔をあわせられない。

『純情モンすぎねぇか〜?』

「う・うるさい!」

イルカが流しているビデオは純情系で、アダルトビデオのメインであるシーンがなかなか流れない。ちゃんとストーリー性のあるビデオ内容に、男は馬鹿にしたように笑った。音量をいつもより大きくしているから、男にも聞えているようだ。イルカの頬がますます赤くなる。

『お、ようやく始まったか・・・。』

「・・・。」

画面の中の女優が、男優に服を脱がされていく。イルカは電話越しでも他人がいることに抵抗を感じ、まともに観る事なんて出来ないでいた。

『イルカ・・・ちゃんと観ろよ。』

「・・・ぁ。」

『女、何処触られてる?』

男の声が囁くようになった。途端に変わった男の雰囲気に、イルカは戸惑った。先ほどまでとは打って変わった態度。優しくイルカに囁いていく。まるで別人のようだ。

『ホラ・・・答えろよ。どこ触られてんだ・・・?』

「あ・その・・・胸を・・・。」

イルカは思わず画面を観てしまった。ブラウン管の中の女優はショーツ一枚になっていて、男優に胸を揉まれている。演技なのか本当なのか分からないが、女は気持ち良さそうに喘いでいた。その声を聞いて、イルカはカッと熱を灯してしまう。そういえば、こんなモノを観るのも久しぶりだ。

『胸だけじゃねぇだろ?次はどこ触られてんだ?』

「っつ・・・下着の中に・・・手を入れられていて・・・。」

口にするのを躊躇うような場所を女優は触られていて、男はその場所を言えと強要してくる。羞恥心でいっぱいになっているイルカはとても言えない。こんな風にアダルトビデオを観ていることですら、恥ずかしいのに。

画面の中の激しくなっていく行為に耐えられなくて、イルカはサッと画面から視線を逸らした。しかし、勝手に息が荒くなっていく。もじりと腰を動かしてしまう。

「ぁ・いやだ・・・っ。」

信じられないとイルカは我が目を疑った。

曝け出している下半身が変化し始めた。質量が増し、主張し始めた自分自身が目に入る。男はイルカが嘘だと小さく呟いたのを聞き逃さなかった。

『勃ってきたんだろ?触ってもいいぜぇ?』

「ち・違っ・・・!」

クククと含み笑いが受話器から聞えてきた。図星を指されたイルカは、それでも治まらない熱にどうすることもできない。

異常な状況に思考が麻痺してくる。

つい数時間前までは、明日来る台風の事を心配しているだけだったのに。平和で平凡な日常だったのに。

「っ・あっ・・・。」

勝手に湧き上がる熱。耳元で囁かれる下卑た言葉にすら反応し、勃ち上がる己の欲。イルカはもうどうすることもできなくて、震える唇を開いた。

もう嫌だ。熱い。苦しい。楽になりたい・・・!

「た、たすけて・・・っ。」

何言ってんだ、オレ。

どんどん自分が自分でなくなっていくのが、分かる。脅迫者に助けを求めてどうすると思う一方、どうでもいいからこの熱から解放されたいと思っている自分もいる。

『助けてやるから、素直に触ってみろよ。』

「あっ・いや・・・っ!」

『楽になりたいんだろうが。』

男の声は楽しそうに歪んでいる。イルカの変化を感じて、満足しているようだ。男の望どおりに事が運んで言っているのに、イルカは逆らう事が出来ない。

ごくりと一度喉を鳴らし、イルカはついに己自身に指を絡めた。

「っつ・・・!ゃあっ・・・!」

ビクビクビクと身体全体が快感で跳ねた。触った瞬間に、鈴口から先走りが溢れ、手を濡らす。触られることを待ち構えていた事に、イルカは絶望を味わった。自分がこんなにも快感に弱いだなんて、知りたくなかった。

「んっ・んん!」

受話器を持っていない反対の手で、勃ち上がっている自身を擦る。上下に動く自分の手を見たくなくて、イルカは下を向かないようにしていた。どんどん大きくなっていく濡れた音に、こんな状況でも感じている自分を認識させられる。

音が大きい。今まで自分で慰めてきた中で一番響く。

『おい、ビデオ観てみろよ。女、何してる?』

男の声に反応し、イルカは視線をビデオに戻す。仰向けになっていた女優は、いつの間にか男優の股間に顔を埋め、尻を揺らしながら口淫していた。

「な、嘗めて・・・る・・・っ。」

ビデオから流れてくる音と、自分自身から聞えてくる音がリンクして、ますます羞恥を煽る。くちゃくちゃと粘着質だった音がサラリとしたものに変わっていき、上下する手を助ける。

『イルカも嘗められてぇだろぉ?』

「そ・んなことっ、ないっ!」

『嘘吐け、されてぇくせに。フェラされたことねぇもんなぁ〜。』

悔しさと情けなさで目を閉じようとすれば、「ちゃんと見てろ。」と言ってきた。まるでどこかから、こちらの様子を見ているようだ。イルカはそっとビデオを観る。虚ろな目をした女優は、まだ男優のモノをしゃぶっていた。

『どんな風に嘗めてんだ?言ってみろよ。』

「くっ・・・。」

そんなこと言えるわけが無い。イルカは唇を噛み締めた。すると男は「言わないと、イかせてやらねぇぞ。」と笑いを含んだ声で返してくる。

目の前に居るわけでもないくせに、どうやってこちらの行動を制限する気なのか。イルカは電話越しの相手の気が知れない。だって本当にその気になってしまえば、男が止めろと言ったって、手を動かすなと言ったとしても、自分は達することができるのだ。いちいち許可なんて貰う必要なんて無い。

なのに。

何故だかイルカは、言う事を聞かなくてはと思ってしまった。

そこには脅されているから、言う事を聞かなくては秘密をばらされてしまうという恐怖心もある。

しかし、その恐怖心とは違う感情も芽生えているのだ。

本当に。

電話越しの男の許可が無くては、行動してはいけないような気がした。

自分の熱が暴れているのは分かっている。この熱を解放するには、手淫を施して射精を促せばいいのだ。しかしイルカは、そのためには男から許可を得なければならない気がしてきた。

おかしい。

自分の考えがまとまらない。

どこかで何かがおかしくなっていくのが分かる。

のに止められない。

『イキたいんだろぉ?』

男のいやらしく間延びした声が脳に響いて離れない。

「イ・キた・・・い。」

『じゃあ、言わなきゃなぁ。』

ビデオの女優のように、イルカの瞳は虚ろになっていった。思考が溶けてしまう。

「ぁ・っ・・・先端を嘗めながら・・・あっ・ふ・袋をも・んでる・・・ぅ・・・!」

『気持ち良さそうか?』

「きも・よさそうで・す・・・!」

『じゃあイルカも先っぽ弄りながら、袋揉まなきゃなぁー。』

恥ずかしい!!

恥ずかしい悔しい情けない!!

イルカは涙を流しながら、それでも手を動かしていった。くにくにと敏感な部分を揉み、先端を親指で弄る。クチュクチュと音が響き、逃げ切れない射精感に声を抑えることが出来ない。

「あっ・ぁあ・・・っ!」

『もう、限界?』

くっくっと男が笑う。イルカは口を閉じる事さえできなくなってきた。気持ちいいのと、気持ち悪いのが交じって混乱する。

男に促されるまま手は急速に動き、快感だけを追い求める。

チュッチュッとリズムよく音が鳴り、止められなくなっていく。

瞼の奥で、チカチカと光が瞬く。

自分が何をしているのか、何を言っているのか分からなくなっていく。

「手ぇ・・・っ、止まら・ない・・・よぉ・・・っ!」

『止めなくていいぜぇ。ホラ、イケよ。』

「ひっ・も・ぅ・・・!!」

許可が下りた。

そう感じた瞬間。イルカの欲望が弾ける。びくびくびくと何度も痙攣しながら、イルカは感情を吐き出した。

「アッ・ァ・・・。」

肩で息をしながら、イルカはビデオを観てみた。いつの間にかビデオは終わっていて、再び青画面になっている。そんなに夢中だったのか。

『すっげぇいい声だったぜ、イルカ先生。』

男の声が掠れている。

男もイルカの声を聞き、感じていたようだ。

そのことにゾッとした。

男は自分に欲情していたのだ。

イルカは途端に恐怖で震え出した。

『イルカせんせぇ、今度はもっと気持ちよくしてやるからなぁ。』

「こ・今度・・・?」

怯える自分の声を聞き、男はくつりと笑った。

『まさかこれで終わるとは思ってねぇよな?まだまだ、これからだぜぇ。』

イルカは力なく頭を振る。これが夢であって欲しいと、願わずにいられない。

『またな。イルカ。』

その言葉を残し、ブツリと回線が切れた。無機質な電子音が受話器から聞え、イルカは散漫な動きで受話器を戻す。

「う・ぁ・・・っ。」

今、オレは何をした?

「嘘だぁ・・・!」

変えられた。

守ってきた何かを壊された。

「いやだぁあ・・・!!」

突然掛かってきた電話。

機械越しの男。

たった数時間で自分の何かを壊され、変えられた。

イルカはそのことが恐くて恐くてたまらなかった。

畳に爪を食い込ませ、ただ恐怖に泣きじゃくる。

「たすけて・・・っ!」

同じ事を電話の男にも言った。

イルカはそれでも助けを請うしかできなかった。







なんかもう、あ〜ぁって感じですよね。
いい加減、「男」って表現どうにかしたいけど・・・
こればっかりがどうにもなりませんね。
イルカ調教物語。
ようやく始まりました〜。
でも、次はイルカ先生の秘密話の予定です。

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