炎 9
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「あ、気が付きました?」 「・・・ここ・・・?」 イルカの意識が覚醒して見えたものは、もうもうと立ち昇る煙。真っ白に煙る視界はたっぷり湿気を吸っていて、ここが風呂場だと分かった。丁度よい温度の湯に肩までしっかりと浸かっていて、いつの間に風呂に入ったんだろうとぼんやり考えた。 「イルカ先生?大丈夫ですか?」 「えっ。わっ!カカシ先生!!」 声をやっと聞き取れたイルカは振り返り、驚きのあまり湯船の中で滑って沈んでしまった。派手な水音が響く。イルカはカカシに後から抱きこまれて湯船に浸かっていたらしい。カカシはイルカの慌てように笑っている。 「なっ!なんで・・・っ!ここ!?」 「ココはオレん家の風呂です。あの後、イルカ先生が気を失っちゃったから連れてきちゃいました。」 あの後。 言われてイルカは真っ赤に頬を染めた。あの時は混乱と恐怖と快楽が混ざり合って、無我夢中になっていた。だからあんな大胆な事が出来たのだ。イルカはこの場から逃げ出したい気持ちで一杯になる。 「あ、ちゃんとアカデミーの方には伝えましたから、仕事の心配は要りませんよ。もちろん荷物も持ち帰ってます!」 イルカの慌てようをどう勘違いしたのか、カカシはそんなことを言ってきた。どうしようもなくて、イルカは小さく「ありがとうございます。」と返事をする。 「カ、カカシ先生・・・?」 カカシはきゅうっとイルカを抱き締めた。嬉しさを噛み締めるようなその仕種に、イルカは驚く。軽蔑されたと思っていたから尚更だ。恐る恐るカカシの顔を覗き込むと、柔らかく微笑んでいた。 「嬉しいです。イルカ先生と・・・やっと通じ合えたんだから。ずっとずっと好きだったんです。」 「・・・あ。」 「恋人になれて、嬉しいです。」 カカシの嬉しそうな笑顔。イルカはそれを望んでいたのに、逆に胸が苦しくなった。 こうなることを夢見ていたのはイルカだって同じだ。 しかし自分は汚れた身。 カカシ先生に・・・相応しいわけがない。 イルカはぎゅっと唇を噛み締める。職場であのような行為をしていたことはばれたが、脅迫されている事までは分かっていないだろう。そのことまでばれるくらいならば、望んでいた関係を失うくらい仕方ないとイルカは考えていた。 だって・・・強姦された挙句、それをネタに強請られていたなんて知られたら、絶対に軽蔑される。 見知らぬ男二人に犯されて、しかも善がったなんて・・・嫌われてしまう。 イルカは目に見えるほど青褪め、湯船から出ようとした。しかしカカシはもちろんそんなイルカを引き止める。バチャバチャと湯面が乱れた。イルカの心の内のように。 「イルカ先生?どうしたんですか。」 「・・・オレは、あなたの恋人にはなれません!」 「イルカ先生!?」 逃げようとするイルカを捕まえて、カカシは再びイルカを湯船へと引き戻す。宥めるように抱き締められ、イルカは熱い想いで苦しいくらいだ。 溢れ出た苦い想いが、ボロボロと瞳から零れ落ちる。 「どうして?オレのこと好きだって言ってくれたじゃない。」 「・・・!ダメなんです・・・!」 「ダメじゃない!!」 カカシの叫びが風呂場に響き、イルカの涙が一瞬止まった。イルカの両肩を掴み、カカシは真剣な眼差しで彼を正面から見詰めてきた。熱いその視線は先程まで凍えていたイルカの内を溶かしていく。 あぁいっそ。 このまま燃やし尽くされたら。 イルカの涙は再び流れ始めた。カカシの眼は全てを話してくれと言っている。イルカはその眼差しから逃れようと目を伏せた。 どうせ逃れやしないのに。 「イルカ先生。」 「・・・嫌われたくないんです・・・。」 「イルカ先生。」 「・・・カカシ・さん・・・っ!」 「イルカ。」 燃える声に導かれ、イルカは身体の力を抜いた。ちゃぷんとお湯が跳ね、カカシに全てを委ねる。やはり逃れられなかった。イルカはカカシに抱きついた。これが最後だからと自分に言い聞かせ、自ら彼に抱き縋る。カカシは当たり前のように抱き返してくれ、それが本当に嬉しかった。 「・・・あの日も、電話が鳴った日も、雨でした・・・。」 ぽつりとイルカは涙と共に言葉を落とした。 湯に波紋が広がり、それはイルカが話し終えるまで止まる事は無かった。 結局隠し通せなかった。 イルカは小さく自嘲した。
今までのこと全て話した。 中忍試験に受かった日のことも、嵐の夜の電話のことも。 どんなに自分がいやらしく汚いのかも。 「・・・。」 終わったんだ。 イルカはこれで何もかもが終わったのだと涙する。カカシは何も言わない。話している間も、黙って聞いていただけだ。抱き締めてくれた事だけが、イルカを助けてくれた。 すっとカカシがイルカを離す。イルカはびくりと震えた。もう彼を見ることは出来ない。ザバッと湯船から上がる音が聞え、続いてイルカの手を引く。その手のぬくもりに、イルカは目を見開いた。 「・・・か、かし・・・。」 「続きは上がってからにしましょ。ふやけちゃいましたよ。」 カカシは微笑んでいた。イルカはその微笑が信じられなくて、ただふらりとした足取りでカカシについていく。脱衣所で身体を拭かれ、服を着せられる間、イルカは動く事も出来なくてされるがままになってしまった。 何がどうなっているのか分からない。 「イルカ先生、喉渇いたでしょ。」 差し出されたグラスには麦茶が並々と入っていた。イルカは普段と変わらないカカシに驚いたまま、それを受け取る。口をつけて初めて喉が乾いていたことが分かったが、味は感じなかった。飲み終えたグラスを返すと、その手を絡め取られて攫われるように抱き締められた。 「・・・辛かったね。」 「――・・・!」 肩口に埋められたカカシの唇から、直接響く声に心臓を鷲掴みされた。イルカの喉がひゅっと鳴る。 「よく頑張ったね。」 ヒッ・ヒッと嗚咽が漏れ出し、胸が忙しなく動いた。グラスはごとんと鈍い音を立てて床に転がり、ごろごろと転がっていく。割れなくて良かったなんて、そんな考え一切出てこない。 「かぁし・さぁ・・・!」 「好きだよ、イルカ。」 「――ぁあ・・・わ・ぁあ・・・!!」 イルカは泣いた。 今までと違い、安心感から泣いた。 ただカカシに縋り、彼から抱き返され、子供のように泣きじゃくった。カカシはずっとイルカの背を撫でながら、好きだと繰り返す。 この人のことを信じられない。 この人は優しいから。 同情で言ってくれているのかもしれない。 そう思いながらも、イルカは歓喜に泣いた。 だって苦しかった。 悲しかったし辛かった。 分かってくれる人がいてくれただけで、イルカは安心できたのだ。それがカカシなら、もうそれだけで充分だ。 「か、かしさん・・・っ!カカシさん・・・っつ!!」 「うん。イルカ、大好きだよ。」 ぎゅっと抱き締めてくれた、この腕の強さ。 それだけあれば、これから生きていける。 イルカが泣き止んで落ち着くまで、カカシはずっと抱きしめていてくれた。 そしうして落ち着きを取り戻したイルカは、カカシのベッドの中でうつらうつらとまどろんでいた。カカシはイルカの横でそれを眺め、時折口付けてくる。 「・・・イルカ先生。電話の奴に・・・心当たりありますか?」 「全然・・・ないです・・・。声も、何か機械を使っていて変わっていたし・・・。」 まどろみは質問によって打ち消され、イルカは身体を強張らせた。それが分かったカカシは、優しくイルカを抱き寄せる。 「携帯、オレに預けてください。」 「えっ。」 「オレが直接話しつけます。」 「そ、そんなこと・・・!」 そんなことをカカシにさせられるわけがないとイルカは首を振ったが、カカシは譲らなかった。 「相手が何をしてくるのかわからないんですよ!?そんな危険な事・・・。」 「イルカ先生〜。オレって結構強いんですよ。任せてください。」 「でも・・・っ。」 カカシは茶化すように軽く言うが、イルカはそれに笑えるほどの余裕は無い。カカシはそんなイルカを宥めるように髪を梳き、イルカを落ち着かせる。 「オレを信じてください。」 「・・・。」 そんな事を言われたら、もう逆らえない。 イルカは観念し、カカシに携帯電話を渡した。カカシは携帯を適当に弄った後電源を落とし、ベッドサイドの棚へと放った。あんなにも恐怖した物が簡単に放られる様を見て、イルカは何だか複雑な気持ちを感じる。 カカシの手によって、些細な事になっていくのを実感していく。 「イルカ先生。好きです。」 「・・・はい。オレもです。」 携帯電話はもう鳴らない。 イルカは確信し、ようやく笑顔で答えられた。
一ヵ月後。 イルカはすっかり通常の生活に戻った。 あの日から三日たった後、カカシから「もう心配ありません。」と一言だけの報告を貰った。脅迫者と決着をつけてくれたのだろう。相手が誰だったのか、どうしてそんなことをしたのか。イルカはカカシに一切聞かなかった。そんなこと、どうでもよくなったからだ。 携帯電話は処分され、今は仕事とプライベート兼用の一台しか持っていない。 もちろんカカシとの関係も順調だ。 いつもと変わらない日常を満喫し、イルカは不変の幸福を手に入れたような気分に浸っていた。 不変。 いや、変わったことは確かにある。 「カカシせんせー!!早くしろってばよ!!」 「はいはーい。今行くから、先行ってなさい。」 「本当にすぐ来てよねー!」 「・・・フン。」 いつまで経っても現れない上司を探しに来た部下達は、アカデミーの廊下の端から大声で叫んでいた。カカシは相変わらず眠たげな眼のまま、飄々と答えている。 「イルカ先生も、カカシ先生のこと叱ってやってくれってば!」 「おー!ナルト、分かったぞ!」 「イルカ先生の説教なら、喜んで聞きまーすよ。」 「カカシ先生!」 手を振って先に任務先へと向かったナルト達にそう答え、イルカは茶化すカカシを出席簿で軽く叩く。 「ちゃんと真面目に任務をこなしてきてくださいね。」 「はいはい。」 「はいは一回!」 「はーい!」 くすくすと笑い合い、イルカは「じゃあ。」とカカシと別れようとした。 しかしその腕をカカシが掴み、イルカの耳元にそっと囁く。 「カカシ先生?」 「――イルカ。」 「・・・!」 カカシの雰囲気がガラリと変わり、声に熱を帯び始める。イルカは無意識に身体を震わせた。じりじりと足元から焼かれていくような熱さを感じる。 「今夜、行くから。」 「ぁ・・・っ。」 「いい子で待ってるんだよ?」 カカシの甘い声がイルカの身を焦がしていく。イルカの頬が染まっていくのを見、カカシは口布の中でくつくつと笑った。 「返事は?イルカ。」 そう。変わらないものなどない。 イルカは確実にカカシに変えられた。 カカシさんは、いつかオレを捨てるかもしれない。 こんないやらしいオレに呆れるかもしれない。 でも、その時・・・。 カカシさんの炎でこの身を焼き尽くしてくれるなら。 それならば構わない。
「はい・・・ご主人様・・・。」
燃やし尽くして。
イルカはうっとりと微笑んだ。
お粗末さまでした。m(_)m あ!よかったら蛇足SS読んでください。↓ |
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