初めて会った男に、初めて会ったその日にホテルで弄ばれた次の日。 休日。日曜。快晴。 三拍子揃っているのに、オレはどこにも出かけなかった。身体の疲労もさることながら。精神的苦痛が大いに残っている。自分でも珍しいと思うくらい、ダラダラと主にベッドの中で一日を過ごしてしまった。 時折響く携帯の着メロに、うつらうつらと惰眠を貪っているのを起こされる。眠りすぎてギシギシと痛む身体を何とか動かして携帯の画面を見てみれば。 知らない番号が表示されている。 物騒な世の中で、見知らぬ番号に出るほどオレも馬鹿ではないから。それには出ないでまた惰眠。 知らない番号。 もしかして。変態出張ホストから? 何て思ってしまう自分に驚く。否定したくて、必死に眠りの世界に脚を突っ込もうと頑張ってみる。 後で分かった事だけど。 その日に掛かってきた電話は。 全て登録されていない番号で。 しかも同じ番号だったんだ。 |
「おはよう、イルカ先生。」 明るい声に呼び止められ、イルカは振り返った。校門には溢れんばかりの男子高生が出入りしている。その中からジャージ姿のアスマが手を振ってやってきた。どうやら朝練が終わったところらしい。水泳部顧問のアスマは、髪の水滴をタオルで拭取りながらイルカの下へ来た。 「おはよーございます。・・・朝から元気ですね・・・。」 「イルカは元気ねぇな。もしや、本当に土曜日に何かあったのか?」 項垂れ気味のイルカに、アスマがこっそりと告げてくる。流石に生徒に聞かれてはいけない話題だと思ったらしい。イルカはますます項垂れた。 何かありすぎだから・・・。 「後で話します・・・。今日も早く帰れそうにないな・・・。」 とぼとぼと校内へと入っていくイルカを見ながら、アスマは、売春騒動は本当だったのか!?と内心穏やかではなくなっていた。
イルカはそう思い、放課後スイカを進路指導室へと呼び出した。『進路指導室』は内から鍵を掛けてしまえば、使用中として誰からも邪魔されずに生徒の相談事を聞いてやれることができるのだ。スイカは呼び出した時間道理にドアをノックした。多少気まずかったが、そうも言っていられない。イルカも覚悟を決めて応じた。 「どうぞ。スイカだろ?」 「はい・・・失礼します。」 なるべく本人を傷付けぬように笑顔で迎えたのだが、そんなことスイカには関係なかったようだ。しゅんと項垂れているスイカは、自宅で大分泣いたのだろう。未だに目尻が赤かった。 「あー・・・呼び出された訳は分かっていると思うけど・・・。」 立派な革張りのソファに、向かい合わせで座っているが、一度も目を合わせてこない。まぁ、当然だよなとイルカは無理にこちらを見ろとは言えなかった。 「スイカは・・・どうしてあんな事をしたんだ?」 「僕・・・。」 「焦らなくていいんだ。ゆっくり話してくれ。」 オレっていい事言うなぁ。 なんてイルカは自画自賛しながらスイカに語りかけているが、内心焦りで一杯だった。本心を言うと、ゆっくり話してくれ。こっちも心の準備をしたいんだ――!!!だった。 「僕!!最近自覚したんですけど、男の人にしか興味持てないみたいなんです!!しかも、アスマ先生が好きみたいで!でも、僕は男の人と経験ないから、お小遣いでカカシを買って、経験しようと思ったんです!!カカシのテクだったら、処女でも天国をみれるって噂だったから!!!」 「一気に言うな――――!!!!」 優等生で、お坊ちゃまだと思っていたスイカが、キワドイことを言う姿にイルカは泣きそうになってしまった。教育とは奥が深い・・・。握り締めた拳がそれを物語っていた。 「しょ・処女ってお前・・・!!」 「だって、初めてって痛いって言うじゃないですか・・・。前付き合っていた彼女も痛いって言っていたし・・・。」 「・・・彼女・・・?」 まるで仔犬のような大きな瞳を向けたまま、スイカはさらりと言いのけた。イルカは更に混乱する。 「スイカ・・・彼女いたのか?しかも・・・その・・・あの・・・。」 「自覚する前は、興味本位で付き合っていました。僕、こう見えてもモテルんですよ。先生だっているでしょ?」 「〜〜〜〜!!!」 言ってはならないことを!! イルカは本当に泣きそうになってしまった。自慢の生徒のスイカ像が音を立てて崩れるのと同時に、「彼女」がいないということも指摘され、プライドもガラガラと崩れていく・・・。 「ねぇ、先生・・・。アスマ先生って、男の僕の事も好きになってくれるかな・・。僕、アスマ先生だったら痛くてもいいかも。」 「・・・助けて・・・。」 誰かスイカを止めてくれ!! イルカは心の中で必死に唱えていたが、無情にも誰も助けに来てはくれなかったのだった。(当たり前だが。)
「ま・また近いうちに話し合おう。」「とにかく、売春まがいの事はやめてくれ。」「アスマ先生には聞いておいてやる。」の三つだけを何とか言えたのだった。アスマに聞いてやると言うと、スイカは嬉しそうにニッコリと微笑んだ。最近の若い者はよく分からない・・・。イルカはこの話し合いの間だけで、げっそり痩せてしまった気分になっていた。 イルカは、ずるずると足を引き摺るように教師用駐車場へと歩いている。時折生徒から帰りの挨拶をされるたびに、笑顔で答えてやっている自分を自分で褒めながら。 校門の近くにある脇道から教師用駐車場へと行ける。イルカは携帯を手にしながら歩いていった。今日は一度も携帯を確認していない。誰からか連絡はあったかと、何気なく画面を見てみる。 「・・・なんだこりゃ。」 不在着信が10件以上もあった。イルカは不審に思って立ち止まって確認を始めた。不在着信の相手は、全て登録していない相手だったらしく、名前が画面に出ていない。 「・・・ワン切り?でも同じ番号ばっかりだし・・・。」 そう。 同じ番号なのだ。同じ相手から朝から数十回掛かってきている。流石にイルカは登録し忘れた相手なのかと慌ててしまった。休みの間に無視していたのも、この相手なのではないかと思った。 「もし、知り合いだったらまずいよなぁ・・・。」 じっと画面を見てみる。掛けなおしてみるべきか・・・。 「わ!」 画面を眺めていると、行き成り携帯が鳴った。突然の呼び出しに必要以上に驚いていてしまった。思ったより大きな声だったのだろう。横切っていった生徒が怪訝な顔をしている。イルカは咳払いで照れを拭った。 画面が表示した番号は、不在着信の相手のようだ。 イルカはどうしようかと迷ったが、意を決して通話ボタンを押した。 「も・もしもし?」 『あ〜、やっと繋がった!分かります?オレ。』 「お・お前・・・!!」 イルカにとって最悪な声が携帯から流れてきた。低く艶のある魅力的な声。土曜の夜散々聞かされて、泣かされた声だ。忘れるわけが無い。 「何でオレの携帯番号知ってるんですか!」 『まぁまぁ。今から会えますか?つーか、水戸黄門好きなの?着信にそれはないでしょ。』 「う・うるさい!ゆみかおるは最高なんだよ!」 くすくすと楽しそうに笑われて、イルカは赤くなってしまった。毎週欠かさず水戸黄門を見ているなんぞ言ったら、ますますからかわれそうだ。 あれ? イルカは気付いた。どうして自分の着信音をこの男は知る事が出来たのだろう。そういえば・・・校門前がざわついている? ふと、携帯に張り付いていた顔を校門に向けてみる。生徒が下校しているいつもの風景に、ぽつりと違う風貌の男が立っている。 長身、長めの銀色の髪。銀の髪のせいでハッキリと分からなくなっている表情。でも、遠目でも端整な顔立ちをしているだろうと思わせる。すらりとしているが、しっかりと筋肉がついているしなやかな肢体。 そこに立っているのは、紛れも無く・・・。 『臨場感たっぷりだーね。テレビ電話?』 「アンタ・・・!」 またしてもからかわれて、イルカは遠くから見ても分かるくらいに真っ赤になってしまった。 『こっち来てよ。センセイ・・・。』 「カカシさん・・・!」 携帯を繋げたまま。彼はイルカを真っ直ぐに見詰める。イルカ以外は何も見えていないというような視線は、強すぎて痛いほどだ。
『来いよ。アンタの啼き声が忘れられない。』
こんな人生経験したくなかったよ。 センセイは疲れた。 人生楽ありゃ苦もあるさ。 でもセンセイ、楽ばっかりでもよかったな。
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