脚が震えて上手く動かない。 イルカは微笑むカカシに向かって歩き出そうと試みるが、全くといっていいほど脚は動いてくれそうに無かった。身体は心に正直なようで。 反射的に切ってしまった携帯からは、電子音が延々と流れていた。真っ赤になって動かない教師と、突然現われた正体不明の男。下校途中の生徒たちにはどんな風に見えているのか。生徒たちはちらちらと盗み見しながら通り過ぎていった。 震える。 フルエル。 心も身体も。 きっと、お互いに。 |
「何で学校の事知ってるんですか・・・。」 「センセイのことなら何でも知〜ってるよ。」 まるで鉛のような脚を何とか動かして、イルカはカカシがいる校門の入口へと辿り着いた。カカシは微笑を更に深くしながらイルカを迎え入れた。未だに生徒たちは、ちらちらこちらを見てくるが、気にしてなんかいられなかった。そんな気力がないとでもいうか。 「それ。どういうこと・・・。」 イルカは問い詰める前に、カカシが寄りかかっている物体に気付いた。カカシが寄りかかっているのはバイクだ。夕日を反射しているバイクは、イルカの興味を一心に集めた。 「うわ!すごい!!」 「そう?今のオレの脚なんですよ。乗ってみる?」 「え、いいんですか!?すっげぇかっこいい・・・ってアンタ!!」 教職という硬い部分を霧散させ幼い雰囲気を前面に押し、カカシの自慢の愛車を食い入るように見詰めていると思ったら、イルカは不機嫌そうにカカシの胸座を掴み上げた。 「なんでそんなに軽装して来てるんですか!バイクは事故ったら、一番死亡率高いでしょう!?教習所で習わなかった・・・何笑ってるんです。」 カカシはとうとう我慢できず、くすくすと笑い出してしまった。イルカは居心地が悪くて掴んでいたカカシのシャツを離す。カカシは嬉しそうにイルカの鼻の上にある傷を撫でた。 「心配してくれるんだ。アンタって本当に可愛い人だ〜よね。」 「!!」 からかわれたと思ったイルカは、またもやカカシに掴みかかろうとした。カカシはそれを軽くかわして、ぐっとイルカの腰を両手で掴み上げた。イルカはぎょっとしてしまった。もちろん周りの生徒も。 「大人しく付いて来てよ。話があるんですよ。」 「〜〜〜!分かった!分かったから放してくれ!!」 強引な態度を崩さないカカシに、イルカはとうとう観念してしまった。これ以上醜態を生徒の前に晒したくもない。 イルカの駐車場所にカカシのバイクが占領したのは、言うまでもなかった。
「付いて来いとか言いながら、運転するのオレじゃないですか・・・。」 「だって、バイクで二人乗りは危ないでしょ。万が一事故ったら、アンタの方が危険に晒されるからね。」 ブツブツ文句を言いながら、心中とは裏腹に安全運転をするのはイルカだ。愛車の助手席には彼女を乗せるんだと決めていたが、言外にカカシがイルカの身を一番に案じていると言っている事が分かり、悪い気はしなかった。しかしそれには応えないで、イルカはひたすら車を走らせる。 「何処行くんですか・・・。もうスイカには手を出すつもりはないんでしょうね?」 「だから、オレが買われたんですって。あ、そこ右ね。曲がって、暫くしたらマンション見えるでしょ?」 「・・・見えたけど・・・。」 嫌な予感がする。 イルカは否応無しに冷や汗が出てきた。っていうか、ちょっと考えれば分かったことではないか。何、自分は乗せられて、ひょいひょいこの男に付いて来てしまったのだろうか。イルカは今更ながら後悔し始めた。 悪の根源はたけカカシに、まんまと嵌められた気がする。 「そこ。オレん家です。」 「やっぱり――!!オレの馬鹿――!!!」 ででん!とそびえ立つ高級マンションは、やはり変態出張ホストの城だったようだ。イルカは瞬時に進路を変えようとハンドルを切るが、その力より大きな力によって遮られ、ハンドルが上手く動かない。何事かと思って手元を見てみると、カカシが身体をひねる様にして運転席に乗り出している。イルカの手に自分の手を添えて、ハンドルを進行方向そのままに操る。 「な・何をしてるんですか、アンタ!!」 「それはオレの台詞。オレん家来てよ。」 「何で自ら魔王の城に入ってかなきゃなんねぇんだよ!!」 「魔王ってオレですか?じゃあ、アンタはそれに立ち向かう勇者様って奴?そういや生徒一人救ってるモンね。」 「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!危ないから手を離せって!!」 思わず乱暴な口調になるイルカ。マンションの駐車場に入ろうとする力と、何とか出ようとする力が押し問答しているものだから、運転はフラフラしっぱなしだ。イルカがぎゃあぎゃあ叫んでいるのをカカシは楽しそうに見詰めている。 「オレはこのままアンタと心中ってのも構わないよ。そしたらあの世で会おうね。」 「オレは男と心中する気は一ミクロンもない!!うわわわわ!ぶつかる!!」 「来る?来ない?どっち?」 「行きます!行きます!!行かせていただきます――!!」 「色気無いなぁ。」 かくして勇者イルカは、魔王カカシの城へと入城したのだった。魔王と一緒に入城する勇者ってどうよ。とか思ったけれど、これまでの会話がこれじゃそれも仕方ない事なのかもしれない。
エレベーターは最上階に向かっている。目的が叶ったカカシは嬉しそうに微笑んでいる。イルカはそわそわし通しだ。一度情事を重ねた相手の部屋へと向かっているのだから当たり前だ。しかし、自分だけ緊張しているようで腹立たしい。カカシは余裕そうだ。いつもこうやって女を連れ込んでいるのだろうか。 「・・・よくこんなマンションに住んでいられますね。」 「オレ売れっ子ですもん。すごく稼いでますよ。文字通りカラダ張ってるしね。」 「笑えません。」 本当に笑えない。イルカはじろりとカカシを睨みつけた。カカシはその視線ににやりと人の悪い笑みを返す。やはりカカシは微塵にも緊張なんぞしていないようだ。イルカはますます腹立たしく思った。 しかしそんなことお構い無しにエレベーターは目的地へと到着する。カカシに促されて部屋に通される頃には、イルカには変な度胸がついていた。「毒を喰らわば何とやら!!」と用法を間違っている事を考える。やはりイルカは混乱しているようだった。 「適当に座っててください。何か飲み物出すし。」 「あ、はい・・・。」 そう言ってキッチンに消えて行ったカカシの背を見ながら、イルカはソファに腰を降ろした。イルカは無言でリビング内をぐるりと見渡す。 予想した以上に広い空間。しかし、生活感は皆無だ。フローリングにそのまま置かれているテレビ。ソファ。その向かいにあるガラスのテーブル。時間が狂っている壁掛け時計。植木鉢に直接名前が書かれている観葉植物。しかも奇抜な名前だ。 ・・・なんだよ、ウッキーくんって・・・。 モノはそれだけしかない。 儲かってるんなら、もっと色々買えばいいのに・・・。 イルカはそんなこと考えながら、カカシがいるだろうキッチンに目を向けた。 そう言えばあの人、ひょろひょろしてるもんな・・・。ちゃんと食ってんのかな? 初対面であんな事になったのだから、外見をよく見ることはできなかったが、売れっ子だと豪語するだけあってかなり整っている顔をしている。髪の色はキレイな銀髪で、夕日に当たるとキラキラと茜色に染まった。前髪が長く、隠されて見えにくい左目は、光の具合で紅く見えるのだから不思議だった。その左目には縦に走る一本傷があるのだが、痛々しいと言う感じより色香を醸し出している。ハッキリ言って、カッコイイの一言に尽きる。 身体の方もちゃんと筋肉は付いていて、イルカよりガッチリしてはいるが、着痩せするタイプなのだろう。見た目は線が細いイメージになる。無駄な肉が一切無いのだ。触れた指は骨がごつごつ当たるようだったと、イルカは思い出した。 黒のシャツから覗いた胸板は自分より厚く、腹筋も引き締まっていた。男から見ても焦がれる身体つきだろう。囁かれる声は低く艶があり、興奮に掠れた声色が無意識に自分の瞳を潤ませた。「もう嫌だ。もう出来ない。」と何度請うても、這い回る手の平は止まらず、逆に性急さを増した。 『もっと、啼き叫んでみろよ。』 自分が涙を零すたびに、彼はうっとりと囁いたのだ。 「・・・っつ!!」 何を思いだしてるんだ、オレは!! イルカは土曜の夜を思い出してしまった。もちろん赤面しているだろう。咄嗟に屈んで、顔を隠してしまう。タイミングが悪い事に、丁度カカシがコーヒーを運んできた。真っ赤になって俯くイルカを見て、不思議そうに首を傾げたが、理由が分かったのだろう。にやりと先程と同じような笑みを見せる。 ワザとテーブルに大きな音を立てて、マグカップを二つ置く。ガラスと陶器がぶつかる音に必要以上に反応をしたイルカに気を良くして、どかりと不遜気にカカシはイルカの向かいに座った。剥き晒しのフローリングに直に座る。春とはいえまだ寒い。気にしないのかとイルカは思ったが、床暖房だから大丈夫かと思い立った。今、この時まで、イルカは床暖房に気付いていなかった。 「どーしたの?顔、紅いよ?」 「・・・うるさい・・・。」 意地悪気にカカシは聞いてくる。分かっているくせに。イルカはカカシと目をあわせられなかった。 「思い出しちゃった・・・?」 「・・・。」 カカシの声が掠れていく。 土曜の夜のように。 「・・・しゃべるな・・・。」 自分の声も掠れていくのをイルカは感じた。欲情しているわけではない。しかし、焦り始めている心を止められない。 「ねぇ・・・思い出したんでしょ?」 分かっているくせに聞くな! イルカは言ってやりたかったが、声にならなかった。
シンは車やバイクにはまったく |
プラウザを閉じてお戻りください。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||