炎 4 |
「――っつ!!」 ビクリと身体を跳ねさせて目を見開くと、見慣れた天井が視界を覆った。どっどっと激しく鳴り響く心音を聞きながら、イルカは二度瞬きをする。 自分の部屋だ。 そっと腕を上げて手の平を見てみる。「あの時」よりも成長した自分の手を見て、現実を実感する。 夢。 そう。さっきまでの出来事は、夢だ。 あれは過去の出来事だ。 いつの間に就寝したのか覚えていない。 全身汗でびっしょりと濡れている。イルカは額に滲んだ汗を拭いながら身を起こし、深い溜息を吐いた。 久しぶりに「あの時」の夢を見た。 ようやく見なくなってきていたのに・・・。 原因は分かっている。昨夜かかかってきた電話のせいだ。脅迫されたことで、忘れようと努力していた過去が掘り起こされたのだろう。イルカはふらふらとした足取りで、風呂場へと向かう。 とにかく風呂に入って汗を流して、出勤しなくては。 昨夜の事こそが夢のように感じているが、しっかりと現実なのだ。朝がやって来て、自分は授業を始めなくてはならない。短いが、今日は受付業も入っている。 シャワーヘッドから熱めの湯を勢いよく出し、頭から浴びる。暫く何もしないで湯を浴び続けた。自分の身体を伝った湯がタイル目を流れていき、排水溝へと吸い込まれている様を見続ける。イルカはぐっと唇を噛んだ。 「あの時」と同じだ。 自分は嫌がりながらも、快感を感じてしまったのだ。 嫌だった。 本当に本当に嫌で恐くてたまらなかったのに。 身体はしっかりと快感を感じてしまっていた。 「あの時」も昨夜も。 自分が浅ましくいやらしい存在に思えて、イルカはさらに唇を噛み締める。 「薄汚い・・・。」 強姦された、あの日。 イルカは雨が降り続ける慰霊碑の前に転がったまま、しばらく動けないでいた。ようやく放られていた服を身に付け家路についたのは、明け方頃になっていた。それから高熱を出してしまったが、どうする事も出来ずただ家の中で蹲っていた。音信不通となったイルカを心配して三代目火影が様子を見に来なければ、最悪な事態を招いていたかもしれなかった。 火影に助け出され、身体的な傷は癒えた。しかしイルカは暫くの間外出する事が出来なかった。イルカの口から何も言わなかったし、火影もイルカに何も聞きはしなかったが、たぶん何がその身に起こったのか察していただろう。三代目はイルカに問いただす事はなかった。 忍であるはずなのに抵抗すら出来ず、無理矢理だというのに快感を感じてしまった。 そのことがイルカを深い自己嫌悪へ落とした。 強姦をした暗部への嫌悪よりも、自分自身への嫌悪感の方がいっそう強かった。 通常生活へ戻れてからも、イルカは自己嫌悪を拭う事は出来なかった。 だからこそイルカは、レイプが露見する事を極端に恐れる。自分が被害者だと悟られる事から逃れるために、今の自分を創り上げた。 「・・・オヤジ、母さん・・・。」 無条件で迎え入れてくれる人物は、もうこの世にはいない。 自分で自分を守るしかないのだ。 キュッとシャワー止め、イルカは顔を上げた。
「イルカ、交代だぜ。」 「あ、もうそんな時間か。」 ハッと気が付くと、もう受付交代の時間になっていた。これで今日の仕事は一段落する。今は授業にも余裕があるため、家へ持ち帰る仕事もない。 呆れた。今日のこと、あんまり覚えてない。 交代の友人と席を入れ替わり、連絡事項を伝える。イルカは笑顔で友人と話しながら、まったく別のことを考えていた。 こいつじゃないよな・・・いや、まさか。こいつがあんな真似するわけがない。第一、こいつは新婚じゃないか。オレにあんな脅迫して何の得になる。 世間話に笑いながら、イルカは友人の内を探ろうと必死になっていた。今日一日、職員室で会った同僚や受付所で会った忍び全員が、電話の男に見えて仕方がない。 周りを疑う自分に再度自己嫌悪し、イルカは目を伏せる。 「イルカ?どうした?」 「いや、何でも無い。じゃあお先。新婚なのに夜勤なんて最悪だな。」 軽口を叩いて手を振れば、友人は「まったくだよ。」と返してくれた。私物の鞄を肩にかけ受付所を出ようとすると、丁度入ってきた同僚に声を掛けられる。 「イルカ、帰るのか?」 「あぁ、最近は残業が無いから定時に帰れるんだ。」 「じゃあさ、どっか飲みに行かねぇ?」 「――ごめん。今日は先約があるんだ。悪ぃな。」 「そっか。んじゃ、またな。お疲れ。」 「あぁ、また皆で飲みに行こうな。」 やんわりと断りを入れたイルカは、そのまま足早に受付所を去った。背中に同僚の視線を感じる。その視線から逃れるように、イルカは前を向いて歩いていく。 イルカは同性から、その手の誘いを受けることが度々ある。 自意識過剰ではないと自負している。自分の何がそんなにいいのだろうか不思議だとイルカは思っていた。異性には「いい人」止まりになってしまう自分が、同性には性的対象として見られるのだから不可解極まりない。もしかして「あの時」のことが原因なのだろうかと思ったこともあった。 もちろん「あの時」のこともあって、イルカはそういった誘いに乗ったことはない。忍の里では同性愛はそれほどまで奇異ではなく、イルカも偏見はない。だからこそ友人を失いたくないという理由で、イルカは気付かないフリをして誘いを断り続けていた。 今も嘘を吐いて誘いを断った。先約なんて無い。とっさに口を出た嘘なだけだ。嘘は苦手だ。もしかしたら、同僚はイルカの嘘に気付いているかもしれない。 アカデミーの正面玄関を出て、イルカは歩調を弛めた。夕日のまぶしさで目を細め、とぼとぼと歩いていく。 結局今日は、脅迫者の手がかりなんて一つも見つけられなかった。 脅迫者は「またな」と言った。また電話をかけてくるということだろうか。それとも、次は家まで来るということだろうか。イルカは想像にゾッとし、身体を震わせた。 家に帰りたい。でも帰りたくない。 安心できるはずの自宅が、こんなにも恐ろしい物になるとは思わなかった。 「イルカ先生。」 呼ばれ、ドキリと胸が跳ねた。驚いて顔を上げると、校門に背に預けている長身の男がこちらを見ている。夕日に映える銀髪がキラキラと輝き反射して、イルカはなおも目を細める。 「――・・・カカシ先生。」 名を呼ぶと、男は照れくさそうに頭を掻いて「お疲れ様です。」と言った。イルカはその照れ笑いに戸惑う。 「今、お帰りですか?」 「あ、はい。」 「遇然ですね。オレも丁度、今帰るところです。」 嘘吐け。 イルカは銀髪の男にそう思った。この男はずっと待っていたに違いない。受付所には来なかったから、任務は無かったのだろう。もしかして休日だったのかもしれない。それなのに、わざわざアカデミーへ出向いて、イルカの帰宅を待っていたのだ。 はたけカカシ。 イルカが担任していた生徒達の、現教師。名高い里の誉れである写輪眼のカカシ。 ――元暗部。 そしてイルカに好意を寄せる男でもあった。 元教え子であるナルトを通して知り合ったのだが、その日から何かとイルカに近付いてきた。遇然を装って帰りを一緒にしたりだとか、飲みに誘ったりだとか。あからさまな口説きというわけではないのだが、相手に充分伝わる強さで近付いてくる。イルカも最初はいつも通り断っていたのだが、なぜだかカカシは断り難い。 カカシ先生は何か違うんだよな・・・。 イルカはいつもと違うものをカカシに感じて、最近は誘いを断ることが出来なくなっていた。 「イルカ先生、よかったら飲みに行きません?新しい店見付けたんですよ。」 「あー・・・いや、オレもう金欠で。」 「もちろん奢りですよ。こちらから誘ったんですし。」 「えっ!そ、そんなつもりでは・・・!」 「分かってますって。ね、行こ?」 こちらの顔色を窺うように、遠慮がちに微笑むカカシ。露わになっている右目を細める。イルカはバツの悪い気持ちのまま、こくりと頷いた。 あ〜、もう!余計な嘘吐かなきゃよかった! 恥ずかしい思いで顔を赤くしながら「こっちです。」と手招きをしているカカシについて行く。カカシは飲んでいる間も終始にこにこと嬉しそうに微笑んでいて、イルカは照れくさい気持ちでいっぱいになった。 カカシ先生といると、調子狂いっぱなしになるんだよな。 だけれど、くすぐったい気持ちにもなれる。 「イルカ先生、どうしたの。じっとこっち見て。」 「・・・いいえ。楽しいな〜って思いまして。」 「う・うわ!ソレ、すっごく照れますね!!」 真っ赤になったカカシを見て、イルカは腹を抱えて笑ってしまった。
・・・何コレ!(汗) |
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